20歳の自分に受けさせたい文章講義

おはようございます。タカタクです。
今日は「20歳の自分に受けさせたい文章講義」を読みました。
色々ふむふむと思いましたが、まず意識しようと思ったのは以下の3点です。
1.「書くこと」は「考えること」
2.「自分の意見は完全なる主観であり、感情」だからこそ、「客観を保つ」
3.「いい文章」とは「読者の心を動かし、その行動までも動かすような文章」

1.「書くこと」は「考えること」
「話すこと」と「書くこと」はまったく別の行為であり、「書くこと」は頭のなかのぐるぐる(自分の感情)を伝わる言葉(解)に翻訳する行為である。そのため「考える」ために「書く」ので、「考えてから書く」ので、とにかく「書け」ばいい。
⇨とにかく「書く」、仕事でも誰かに相談したくて話しているとひらめくことってありますよね。それと同じようにすればいいと理解しました。

2.「自分の意見は完全なる主観であり、感情」だからこそ、「客観を保つ」
書くのは「伝えるべきこと」ことがあるからであり、それは「自分の意見」である。文章という声も表情もないツールを使うからこそ、映画のような映像表現の①導入(客観)⇨②本編(主観)⇨③結末(客観)、を参考に、①序論(客観)⇨②本論(主観)⇨③結論(客観)と「客観」で「主観」を挟めばいい。
⇨自分の意見はどんな場面でも主観だ、というのは確かに忘れがちだなと。家族・会社のことを大事に思って考えていることも他の人の考えと100%一致するわけではないので、主観であること、意見を謙虚な心を持って伝えること、を意識する必要があると理解しました。

3.「いい文章」とは「読者の心を動かし、その行動までも動かすような文章」
なぜ伝えたいのかと言えば行動してほしいからであるが、基本的に人は「他人事には興味がない」し、「正しい意見」だと理解できても相手の「心」は動かない。そのため自分の意見を「仮説」として提示し、読者に「どう思うか」と問いかけ、一緒に仮説を検証していくことで他人事ではなくなる。
⇨確かに話す時も書く時も、相手に行動してもらうためですもんね。(ただの愚痴でさえ、相手に「共感」という行動をしてほしい、から話している。)昔読んだことのあるプロの資料作成力という本でも同様の記載があったと記憶が蘇ってきました。
「なぜ」話すのか・書くのか、意識する必要があると理解しました。

1に記載の通り、本書に「話すこと」と「書くこと」はまったく別の行為である、と記載があり、ふむふむと読んでいましたが、結局「なぜ」を意識すると目的は一緒なので、「話すこと」と「書くこと」は別々の行為ではあるが、共通する部分は多い、ということだなと理解しました。
また昔読んだ本も今読むと忘れていたこと、新しい発見がありそうなので、トライしてみようと思う今日この頃です。

本日はこのあたりで終わります、最後までご一読ありがとうございました。
本日も良い日となるよう、ぼちぼちやりましょう。

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